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東京地方裁判所 昭和29年(ヨ)4002号 決定

申請人 柳沢二郎 外一名

被申請人 東光電気株式会社

主文

申請人らの申請をいずれも却下する。

申請費用は申請人らの負担とする。

理由

第一、申請の趣旨

被申請人会社(以下単に会社ともいう)が昭和二十八年十二月二十三日申請人柳沢二郎に対してなした解雇の意 思表示はその効力を停止する

との裁判を求める。

第二、答弁の趣旨

申請人らの申請を却下する

との裁判を求める。

第三、当事者間に争いのない事実

被申請人会社が電球、真空機器、電気機械器具、工具等の製造加工ならびに販売を業とする株式会社であり本社のほか営業部(東京営業所を含む)、電球工場(大崎)、放電管工場、金属工場、研磨材工場、電機工場、計器第一工場、計器第二工場ならびに札幌、仙台、名古屋、大阪、福岡に各営業所を有するもので、申請人組合はこれらの従業員をもつて組織せられた労働組合で大崎電球工場に本部があり、申請人は昭和二十二年十月一日以来会社に雇用せられ昭和二十八年四月電球工場技術係長となつたが、一方申請人組合に所属し昭和二十三年来組合役員となり現に中央副執行委員長であること。被申請人会社は昭和二十八年十二月一日当時電球工場技術係長であつた申請人柳沢に対し営業部業務課(銀座)に転勤を命じたところ、申請人柳沢がこれを拒否したこと。会社が同月二十三日申請人柳沢に対し「正当な理由なしに無断欠勤引続き十四日に及び」「職務上の指示命令に不当に反抗し」たものとして就業規則第七十六条第一項及び第四項により懲戒解雇の意思表示をなしたものであること。

第四、申請人柳沢の申請について。

(一)  本件解雇の意思表示が申請人柳沢の平素の組合活動を理由とするものであるから不当労働行為であるとの主張に対する判断。

(イ)  疎明によれば被申請人会社は申請人柳沢に対し昭和二十八年十二月一日会社の従来の慣習に従いその所属長とともに本社に招き、営業部業務課転勤を命じその理由を説明して、辞令を交付したところ、申請人柳沢はこれに不服を申立て、十二月五日後任の技術係長松井栄一から事務引継の要請を受けたに拘らずこれを拒みその後も度々の要請に応諾しなかつたばかりでなく転勤先には会社社規により一週間以内に赴任すべきであるのに銀座営業部に赴任せず、十二月十五日附文書その他をもつて督促せられ同月十七日更に会社の指示命令に従わないことになる旨警告せられたのに拘らずこれを無視して今日に至つていることが認められる。

右の事実は前記就業規則の各条項に該当するものであり一応懲戒解雇の理由あるものといわなければならない。

(ロ)  ところが申請人柳沢は、従来の会社の就業規則適用状況からみて右の事由が本件解雇の意思表示の理由となつたものではないと主張する。そして就業規則違反ありとして主張する事例は前大崎電球工場長佐野十郎その他課長級の者にしてタイムレコーダーを守警に押させていたこと、同工場製造課設計係技手岩田次信は屡々無断欠勤したこと、同課職長広井正雄は社品のハンダを窃取しようとしたこと、同人及び前田保雄らが花札賭博をしたこと、同工場事務課庶務係長口羽元及び検査係員藤井和雄らは社用外出票を出しながら本社並に銀座の営業所に第二組合勧誘のビラまきに行つたこと同工場検査係長坪野恒は取引先の東光ガラスに酒を要求し、また同人らは徹夜作業届を出しながら作業場で飮酒したというのである。然しながら右事例は本件とは事実関係を異にしているから、これ等について懲戒解雇の措置がとられなかつたことをもつて、本件の処分を目して前例と異る苛酷不当なものということはできないし、また、そのように認むべき疏明はない。元来会社は就業規則に列挙してある懲戒事由に該当する所為があれば常に必ずその従業員に対しこれを適用しなければならないものでなく、諸般の事情を参酌して処分を決すべきであるので、単に表面上の事実に応じ一律に処置さるべきでないこと勿論である。殊に疎明によれば、会社では昭和二十六年十月経営陣交迭し従来の内部管理の弛緩を矯正し経営秩序の回復維持に鋭意努力中であつて、本件の処分はその意向の現れであることが窺われるので、右主張は理由がない。

(ハ)  申請人柳沢は被申請人会社は昭和二十五、六年頃より申請人柳沢の身元調査をなしていたこと、並びに昭和二十八年十月以降の賃上越年資金要求斗争中の会社側の態度より見て、会社は右斗争を機に組合を弾圧してその弱体化を図るべく、その一環として申請人柳沢に対し本件解雇の意思表示をなしたものであるから申請人柳沢の右争議並びに平素の組合活動を理由としたものであると主張し、右斗争中の会社側の態度として(1)昭和二十八年十一月二十五日申請人組合が時限ストの通告をして以来会社は連日の団交申入に拘らず従前と異なり団交に応じなかつた。(2)十一月三十日附書面をもつて去る十一月十九日大崎支部員が管理部の吉村課長竝に松井課長を吊し上げて拘束脅迫し業務の妨害を行つたと組合に対し抗議し組合がこれに対しこれを否定する回答をなしたところ、会社は更にこれに対する処置は将来に留保すると従来にない強い態度を見せた。(3)十二月一日柳沢副中央執行委員長に対し突如激しい斗争のさ中に転勤命令を発してきた。(4)組合が今次争議に当つて大きな譲歩をもつて事態の解決に努力を払つたのにもかゝわらず会社が賃金値上と越年資金支給の交換条件に争議行為の前に斡旋調停を前置する平和条項の協定を強制して組合活動に制約を加えてきた。(5)会社は今次斗争中露骨に組合の切崩しを行い会社幹部が職制の地位にある組合幹部組合員に対し反組合的な働きかけを行い、(6)前記斗争中である十二月五日第二組合が発生するやこれに対し特別の援助を与え、平生禁止していた直通電話の使用を許し印刷物配布に社用外出をもつて当らせていた。(7)従来行つてきた組合費の給料からの控除を拒否してきた等の事実を指摘する。

しかして身元調査を会社幹部がなしたこと並びに会社が組合に対し強い態度をもつて臨むようになつたことは疎明によつて窺い得ないではないけれども、申請人柳沢に対する転勤命令は後に述べるように業務上の必要に出たものであつて、この命令を拒否することが極めて重大な就業規則違反に該当するものというべきであり、会社においてそのように考えることは、まことに無理からぬところと推察されるので、これが本件解雇の決定的理由と断定せざるを得ない。なるほど申請人柳沢が副執行委員長として組合活動の主導的立場にあり今次斗争においてもその有力な一員であつたことは諒するに余あるけれども、これを以つて右結論を異にするに足らずその他本件疎明によるも右解雇の意思表示の決定的な理由が申請人柳沢の平素並びに右斗争中の組合活動の故の差別待遇にありとするに充分でない。

(二)  申請人柳沢の右解雇の意思表示は申請人柳沢が右転勤命令に従わなかつたことを理由としてなされたものであるが右の転勤命令は不当労働行為であるからこれに従わなかつた申請人柳沢を解雇するのは不当労働行為であつて無効であるとの主張に対する判断。

(1)  申請人柳沢は右転勤命令は業務上の必要にでたものではなく申請人組合に対する支配介入であると主張する。そこで右命令を発する業務上の必要の有無について考える。疎明によれば、次の事実が認められる。被申請人会社はもと電球販売については子会社である東西電球株式会社を通じて電力会社方面に販売していたのであるが、昭和二十八年四月同会社を合併して営業部が前記六営業所を統轄し販売に当ることとなつた。しかして会社事業中電球の販売は総販売高の五十パーセント強をしめ、最重要な部門をなすものであるが、電球の販売については、電源事情、螢光燈の普及等による需要減と各製造業者の製造設備の更新等による増産により、業者間の販売競争は日を遂うて激化したため被申請人会社においても従来の関係より電力会社大口需要家方面に主力を傾注してきたが、この方面の販売には技術サーヴイス即ち販売員の技術指導、需要家との技術的打合わせ、需要家よりの技術的クレームの解明等が伴わないと充分な効果を収めることが困難であつた。ところが従来会社営業部門には技術堪能者が比較的少く需要家中最大の顧客たる電力会社等との技術上の問題に関しても早期連絡を欠き遺憾な点が多かつた。即ち電力会社等との間に技術上の問題が発生したような場合、その衝に当る相手方会社の技術者に対しては、技術者ではない営業関係者では解明することができず、一旦帰社して上司に報告し技術者の差向けを管理部或いは工場に依頼することとなるが、これら技術者はそれぞれ専任の業務を有するため直ちにこれに赴くことができず需要家に対し面目を失し、延いては販売競争において劣位におかれざるを得なくなる。もし技術者が営業部門に配属されているならば直ちに需要家の要望に応えうるのであつて、このことは営業部から切実な要求として技術者の営業部業務課配属を要望していたのである。ところが昭和二十八年九月に至り、九州電力株式会社において各社の納品の抜取検査をしたところ被申請人会社は電球の品質において九位であるとされ、そのため九月以後に納品さるべき約九万箇(価格約三百万円)が契約取消になるという事態が起つたことが福岡営業所より報告され、速かに技術者を派遣し技術的解明をなす必要が生じたがこれもできなかつた。しかも当時はまた関西電力中国電力に対しても未納入のもの約十数万箇あり、これを技術的に解明し相手方の納得を計ることは焦眉の急であり、営業部業務課に技術者を配することは強く要望され、早急に行わねばならぬ状勢にあつた。ところが昭和二十八年十一月三十日当時電球工場製造課長兼工程係長であつた中村隆治が解嘱となつた。(中村は昭和二十八年五月三十一日一旦解職となつたが特に業務上の必要から引続き六ケ月を限度として嘱託として従来の業務に従事してきたものである。)そこでこれが後任を必要としたところ、当時電球工場内には適任者を得なかつた。即ち、設計係長新井威夫、製造係長関作蔵、検査係長坪野恒はいずれも現場作業員出身でその学歴よりして基礎的学力において充分でなく、又指導統率力においても充分ならざるものがあり、又技術係長申請人柳沢は年若く入社後日も浅く未だ資格も技手であつたので適任とするわけにいかなかつた。そこで当時管理部研究課長心得であつた松井栄一が昭和十六年北海道帝大理学部卒業で従来の研究課の仕事は各工場の製造内面に日常の関連もあり統率力も充分有しているので製造課長として最適任であると考え、しかも研究課の仕事はその上長である矢島管理部長においても充分やつていける状態であつたので、右松井を後任とすることとし、この人事に関連しかねて懸案となつていた前記営業部業務課へ配置すべき技術者を物色したところ、電球工場の技術者中前記製造課三係長は技術面における基礎的学力弱く、技術サーヴイスの折衝経験も殆んどなく、交渉等は不得意でもあり、かつ工場現場の係長の現職にあつて適当な後任者もなく、一方かねて右の懸案の解決の強い主張者でもあり、昭和二十七年三月及び五月に関西、中部、四国電力会社との折衝はじめ、日本ビール、日本鋼管等の重要需要家との技術折衝に経験を有していた申請人柳沢は、入社後検査係の現業経験と研究課員としての社内規格品質管理の経験と更に工場技術係長としての経験とを有し、電球技術にも造詣深いと考えられたのでこれを充てることが適当であると認めた。しかし電球工場以外からの技術者としては研究課員金岡幸二が考えられたが、金岡は電球工場の作業面には直接経験なく、技術サービスの経験も乏しいので適任とは認めなかつた。ところで申請人柳沢の従事してきた技術係長の業務は製品部品材料の改良に関する試験研究、社内規格並びに品質管理の実施促進に関する業務であつて、松井栄一の属していた研究部門はこれらの事項を統轄しているもので最直近してもいたので同人をしてこれを兼務せしめることも可能であると考え、欠けることとなつた工程係長には製造課の山口俊助をこれに充てるべく十二月一日以上のとおり人事異動を発令し、申請人柳沢に対し本件転勤命令を発するに至つた。以上のとおり認められる。

これに対して申請人柳沢が業務上の必要はなかつたと反駁主張する諸点について検討してみる。

(A) 申請人柳沢は、会社の技術サーヴイスは何も専念させなくともよい程度に従来から行われてきたのであり、しかも製造課程における欠陥の後始末としての性格を有するに過ぎず、新設したのち、金岡幸二技手が申請人柳沢の後任となつたのであるが、その技術サーヴイスも従来の程度を起えているものでなく、同人はその前職である本社研究課勤務当時行つていた螢光燈のバラストの研究を電機工場において専念していると主張するのであるが、前記のとおり従来の技術サーヴイスに専念すべき係のものがなく不充分であつたからこそ技術サーヴイスの係を新設したのであり、また疎明によれば、金岡技手は申請人が就任を拒否したため、その係としては適任とはいえぬが、次善の策として充てられたのであり、金岡の従前の研究は会社としても推進していく方針であつたからその技術サーヴイスは所期の目的を達するに至らないのはやむを得ないのであり、それにも拘らず大阪への関西電力ならびに近鉄関係でまた群馬県その他都内にも幾度か出張折衝に当つていることが認められるからこの点の主張は理由がない。

(B) 申請人柳沢は松井栄一はもともと金属関係の技術者で電球の製造面に干与したことなく、電球工場の検査係長と短期間の繊条設計係長をしたのみで電球技術面における知識の貧困なこと会社技術者の一般熟知するところである。したがつて中村製造課長の後任にはさきに放電管工場製造課長角和益三が発令されることゝなつていたのを発令二日前に変更したものであるから、松井を最適任と考えていたわけではないと主張する。しかしながら疎明によれば松井はこれによりさき約二年間芝浦電球工場において電球の検査設計等の係長を歴任し電球の製造方面の経験を有していたのであり、その後研究課にあつても前記業務に携わつていたことが認められるから同人をして製造課長の職に充てんとした人事異動もこれを不合理なものであると断定することはできずまた角和益三がさきに発令されることになつていたとの点については疎明がない。

(C) 申請人柳沢は電球工場の技術係は申請人柳沢が電球の品質上の問題の解決を力説した結果その意見が容れられた昭和二十八年四月新設され申請人柳沢が初代係長に任ぜられたもので、その新設以来僅か半年漸くその効果をあげ始め、近く繊条製造方法の大巾な改良管理が可能となる状態にあつた時期に申請人柳沢を転勤せしめることは不合理であると主張するが、疎明によれば、技術係の新設は強ち申請人柳沢の意見がとり入れられたが故に新設されたわけではなく、申請人柳沢を技術係長に任じたのも、当時電球工場より人選する方針を採つたが故にほかならないことが認められ、会社が松井をして製造課長と兼務せしめることにより申請人柳沢を転勤せしめてもよいと判断したこと前記のとおりであつてそのことがよしや人事管理の面において聊か当を得なかつたにしても、このような判断自体を不合理なものと断定することはできない。

(D) 申請人柳沢は技術サーヴイスの係として津田野技手を詮衡の際考慮に入れなかつたのは不合理であると主張する。しかしながら疎明によれば津田野技手は東北帝大工学部電気工学科を卒業し申請人柳沢と同時に入社し、その後製造係検査係の現業を経験していたものであるが、会社では同人は非常に所謂口下手で外部との交渉は極めて不得意であると考え同人の経歴に関係なく候補者として詮衡の際考慮に入れなかつたことが認められるので、このことの故に本件人事が不合理であるとはいえない。しかして他に本件人事異動が不合理であることしたがつて業務上の必要がなかつたことを疎明できる資料はないから、一応業務上の必要があり合理的なものと言わなければならない。

(2)  申請人柳沢は右転勤命令は業務上の必要があつても、申請人組合の蒙る損失が著しいから申請人組合に対する支配介入行為であると主張する。疏明によれば、申請人組合は昭和二十三年当時まで組合役員は概ね役付の者及び永年勤続者をもつて占められていたところ、申請人柳沢は昭和二十二年十月入社し、その翌年三月工員の米山延良とともに申請人組合大崎支部に属し中央執行委員となり、大崎支部執行委員兼文化部長を兼ね、その後昭和二十五年十一月、同二十六年二月の斗争においてはいずれも斗争副委員長として活動し、同年五月には中央教育宣伝部長を兼ね、同二十七年一月以降中央副執行委員長となり爾来今日に及んでいるものであり、昭和二十八年十月よりの賃上、越年資金斗争においては米山とともに最高戦術会議の構成員として争議の最高指導に当つていたこと、しかしてこの争議は主として時限ストという斗争手段がとられ、戦術会議の構成員である書記長の高山芳徳は非専従で矢口の金属工場に勤務していたため必要に応じて伊藤書記が代理していたが、専従者であつた米山委員長は職場組織の強化の必要から全支部を廻り、副委員長である申請人柳沢は人数の上から言つても、組合意識の上から言つても申請人組合の中心をなしている大崎支部を担当し、大崎支部の職場討議の指導を行つていたことが認められるから申請人柳沢が右斗争継続中に営業部業務課に転勤せしめられることにより組合本部のある大崎支部に常時あつて最高戦術会議の構成員として随時組合の運営に参劃し、中心勢力である大崎支部の職場組織の指導をすることに多少の困難をきたし、ひいては組合運営に不便を及ぼすであらうことを否定できない。しかしながら営業部業務従業員の所属する銀座支部(中央区銀座六丁目所在)との地理的関係からみて申請人組合の活動に格段の支障をきたすものとは考えられないのみならず疏明によれば、申請人組合の中央執行委員は大部分大崎工場に勤務しているものではなく、殊に書記長高山芳徳は前記のとおり蒲田区矢口町金属工場に勤務しており、前中央執行委員長石山は昭和二十七年九月より十一月に至る争議期間中港区芝浦三丁目所在の芝浦電球工場に勤務し、昭和二十七年七月より八月に互る争議並に同年十一月から十二月に互る争議中の斗争委員長丹沢弘は当時本社企画部に勤務し、前々中央執行委員長榊原秋策は昭和二十五年九月より同二十六年三月まで矢口工場に勤務していたものであつて、申請人柳沢自身も昭和二十七年一月以降本社在勤中中央副執行委員長兼渉外部長として組合活動をなしていたことが認められるから、申請人柳沢を営業部業務課転勤を命じたことをもつて組合活動を抑圧するものと断ずることはできない。即ち右転勤が前記のとおり業務上の必要に出たものである以上、組合活動に多少の不便をきたしてもやむを得ないものといわざるを得ない。従つて支配介入行為であるとの主張は理由がない。なお申請人柳沢は本件転勤については申請人柳沢に事前に諒解を得ていなかつたから支配介入の意図を推測せしめるものであると主張する。しかしながら、疏明によれば被申請人会社において人事について事前に本人に諒解を求めることを慣行としていた事実はなく、申請人柳沢をさきに技術係長とした際も須田工場長が申請人柳沢に対し技術係が新設されるが申請人柳沢を推せんしたいと話したことがあるに過ぎず決して事前の諒解を求めているわけでもないことが認められ、また、金属工場の高木武雄の昭和二十八年二月十日の電機工場への転勤、昭和二十七年五月三十一日の遠田運転手の解雇、米山延良の資材課への転勤等についても本人乃至所属労働組合への事前の諒解などという措置のとられたことについては充分な疏明はない。したがつて申請人柳沢に対し事前に諒解を求めなかつたといつて支配介入の意図を推測させるものではない。

(3)  申請人柳沢は右転勤命令は労働組合法第七条第一号に違反する不当労働行為であると主張する。

申請人柳沢は係長技手より平技手とされるのであり、また技術家でありながら技術を生かす職域から離れるものであるから不利益であると主張するのであるが、疏明によれば、なるほど係長技手と平技手とは出張旅費等でその支給額が多少下廻ることになるけれども、会社は技術サーヴイス係としたのちも経済上の不利益を蒙らしめぬよう配慮する意図をもつていたのであり、申請人柳沢の実収入が全体として下廻るとも速断できない。元来経営者が従業員を職場に配置するにあたつては経営の合理的な運営の観点から適材を適所に就かしめるよう配慮すべきは勿論であつて、それが多数人に関するので逐一個々の従業員の希望に合わないところがあつても蓋しやむを得ないものというの外はない。若しその経歴を無視し、かつそのため従業員をして勤労意慾を滅殺させ引続き勤務することを得しめないような不当な場合はともかく、申請人柳沢の場合はその経歴及び従前の職歴と全く無関係の業務を担当させようとしたものではないことは既に述べたとおりでありしかも前記のような業務上の必要あるにおいては、本件転勤を目して不利益な取扱であるとは言えない。よつてこの点の申請人柳沢の主張は採用できない。

(三)  申請人柳沢は右転勤命令が不当労働行為ではないにしても使用者の権能を逸脱したものであつてこれを拒否したからといつて業務上の指示命令に違背したものではないと主張する。

そして申請人柳沢は人員配置を任意になす使用者の権能はある一定した種類の継続的労務の提供を約した労働者に対して、その同一種類の労務の提供を求めるなら格別他の種類の労務の提供を求めることは許されないと主張するけれども、申請人柳沢と会社との間において会社が申請人柳沢に対し技術サーヴイスの如き労務の提供を約していないことについては疏明がなく、寧ろかゝる労務の提供を求められる場合のあることも労働契約の内容になつていると解するのが相当であるからこの点の主張も理由がない。

(四)  申請人柳沢は次に右転勤命令の拒否は申請人組合の指示に従つてなしたものであるから正当な組合活動であると主張する。疏明によれば、申請人組合の中央斗争委員会において同年十二月一日転勤命令を拒否すべき旨を議決し、その指令に基き柳沢が転勤を拒否したものであることが認められる。しかしながら本件転勤命令拒否の指令が申請人組合の決定に基きなされたものであることについての疏明はない。尤も当時申請人が会社に対し賃上越年資金を要求して争議中であつたことは前記のとおりであるけれども争議の目的を異にする以上本件指令がこの争議行為の一部であると解することはできない。またその後同月二日頃申請人組合の各支部において本件転勤命令を不当労働行為なりとする決議がなされたようであるけれども、申請人組合の決議とは言えないから、これによつて右の指令が申請人組合の正当な争議行為となるものとは考えられないし、右決議は争議権を中央斗争委員会に移譲し又は申請人組合の争議行為として追認する趣旨のものとも解することはできない。してみれば右の指令に従つてなした申請人の転勤拒否の行動は正当な組合活動ということはできない。したがつてこの点において本件解雇の意思表示は無効なりとの主張は理由がない。

(五)  申請人柳沢は本件解雇は労働基準法第二十条に違反し予告手当の支払をなさずして即時解雇の意思表示をなしたものであるから無効であると主張する。しかしながら本件解雇の意思表示は同条第一項但書後段の規定の適用さるゝ場合であるから予告手当の不払によつて無効であるとすることはできない。よつてこの点の主張も採用できない。

(六)  しかして他に右解雇の意思表示を無効であるとする理由についての主張疏明はないから、右が無効であることを前提とする本件仮処分申請は被保全請求権について疏明なきに帰し、保証によつて右の疏明を補わしめることも相当でないから失当として却下すべきものである。

第五、申請人組合の申請について

申請人組合は申請人柳沢がその組合員であり、申請人柳沢に対する右解雇の意思表示の無効であることを主張しその効力の停止を求めるのであるが、労働組合が組合員に対する解雇の意思表示の無効を訴求することは一般に許されないものと解するのが相当であるから申請人組合の仮処分申請は失当として却下すべきものである。

第六、よつて申請人らの仮処分申請はすべて却下し申請費用については敗訴の当事者たる申請人らの負担とし主文のとおり決定する。

(裁判官 西川美数 綿引末男 高橋正憲)

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